脳梗塞で右半身不随になった男の軌跡


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4-5 先人の言葉

社会復帰に向けて大切な

患者と介護する家族の障害受容。


我が家がその受容を早めにできたのは

たぶんもともとのポジティブな考え方と

妻を支えた先人の言葉があったからであろう。


妻が実母の闘病中に出会った

ある神学者の言葉がある。


ニーバーの祈り
神よ、
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。



勇気と冷静さと知恵、

人が困難に立ち向かう時それはとても重要だ。

少しの勇気、少しの冷静さ、少しの知恵でもいい。

その3つを持って歩き出そう。




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by higeji-musume | 2011-09-29 23:02 | 自宅介護(12話)

4-4 障害受容

障害受容

それが回復へのまずは第一歩なのだろう。


しかしまだ男は障害受容できていなかった。

今まで自由勝手気ままに生きてきた自分が、

家のなかに閉じこめられ、

介護の手がないと何もできない。

そんな障害をおったということが受け入れられなかった。


そして妻も障害受容ができなかった。

早く夫を復活させたい気持ちが、

患者の回復する程度や時間に

限度があることを受け入れなかった。


一番大切な「受けとめる」という作業。

受けとめてから、すべてが始まると言ってもいい。


この家族は退院してもなお混沌とした世界をさまよっていた。

いや、退院したからこそ浮き彫りになったのだろう。


今、振り返れば、この時の家族は

みな障害受容ができず、自宅介護の恐ろしさを抱えていた。


それでもここから、

一歩一歩少しずつ現実を受けとめていったのだ。



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by higeji-musume | 2011-09-26 22:10 | 自宅介護(12話)

発症8年後の絵 その6 富士屋ホテル

b0151388_23203450.jpg

家族旅行で行ったフルーツパーク富士屋ホテルの1室からの眺めです。

ここに到着した時、丁度教会で挙式が始まるところで花嫁さん&花婿さんがいました(^^)

発症8年、家族旅行する穏やかなひげじいが描いた絵です。



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by higeji-musume | 2011-09-16 23:25 | ☆髭爺ギャラリー

4-3 帰宅拒否症

さあ仕事が終わった。

帰るか。

帰るか。

帰らなくちゃなぁ。


大学で一人暮らしする前までは

寄り道せずまっすぐ家に帰る、おうち大好きな娘だった。

家に帰ってもほとんど自分の部屋には行かず、

居間で家族といろんな話をするのが好きだった。


そんな娘が、今は帰宅を躊躇していた。

何がいやなことがあるわけでも

自分が父の介護をしないといけないわけでもない。


ただ、

なんとなくいやだったのだ。

変わり果てた父の姿を見るのが。

疲れ果てた母の姿を見るのが。


入院中は優しく父のことを応対していた娘であったが、

自宅介護になり父の現実状態を目の当たりにし

客観的に見れなくなってしまったのだ。


吉祥寺の駅を意味なくぶらつき、

覚悟を決めて電車にのった。

少しだけ帰宅の足取りは重かった。


退院したばかりの父との同居生活のはじまりは

娘が初めての帰宅拒否症にかかった数か月であった。


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by higeji-musume | 2011-09-06 22:12 | 自宅介護(12話)

4-2 通院生活

マンション生活になってからは、

リハビリのため週3回の通院になった。


入院していた時のリハビリテーション病院の担当医師の紹介で

新しい病院は車で40分ほどのところにあるM病院だった。

ここに2年くらい通うことになる。


いつも妻が送迎し、娘も仕事の休みの日は同行した。


車の中は、特に精神が不安定になった。

閉所に閉じ込められる不安。

すぐにトイレにいけないという強迫観念。



倒れる前は、なんでもどっちゅーことない男だったのが

車の中で幼児のようにうろたえ叫ぶ。

そんな父の姿を見ることは、娘にとっても苦痛であった。



仕事を辞めた妻は、

病院の送迎、日々の散歩の介助、夜中の2時間ごとのトイレなど、

24時間毎日の介護に、痩せていった。



マンションの部屋は、

玄関や浴室に手すりをつけた。

入浴用の椅子や車椅子なども借りることが出来た。


要介護5の状態での自宅介護の始まりだった。







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by higeji-musume | 2011-09-02 22:45 | 自宅介護(12話)